院長エッセイ集 気ままに、あるがままに 本文へジャンプ


ホリデイ イン ハワイ 前編


 朝まだき、ハワイ・ホノルル。いつものように早起きをした私は、南に面したバルコニーに出る。気温は20度を越えているだろう。沖縄より四、五度は暖かいようだ。私たちが宿泊したホテルは、ダブルツリー・アラナホテル。ウェルカムサービスのチョコチップクッキーは評判通りのおいしさ。高級リゾートホテルにはほど遠いが、部屋は広々キングスイート・シティビュー。四人、五泊で八百ドル足らずと格安。ハワイの休日をのんびりゆったり過ごすことが出来たのも、このホテルのこの部屋をとれたことが大きい。私のお手柄である。今回の旅行の計画は、航空券の購入、ホテル予約、レンタカー、観光アクティビティ、すべてインターネットで事前に手配した。その旅行の日程を分単位で表にして家族に配布すると、子供たちは感嘆の声を上げ、細君はその起床時間を見て、「うげっ。」と唸った。どうしても遅れがちになる日程を順守するため、私は心を鬼にして、ねぼすけどもを起こしまくったのだが、今日は最終日。ゆっくり寝かせてあげよう。


 私たち家族は、姪・麻希の結婚式参加のためハワイに来ているのだ。結婚式参加だけが目的なら三日で済むのだが、せっかくだからと、職場に無理を言って、その後にさらに四日間の休みをいただき、一週間のバケーションを満喫しているのである。到着初日、ワイキキでのショッピング。息子は、いきなり「世の中そう甘くはありませ〜ん」というカウンターパンチを食らった。ちょっと遅れてついてきていた子供たちを振り返ると、腕や肩にオウムを乗せて、見知らぬ外人のオジサン(白人)に記念撮影をしてもらっている。撮影終了後、息子は私の所に来て困惑した顔で言う。「あのオジサンが、20ドルって言っている」。私は脱兎のごとくその外人に近づいて、どういう事だと息巻く。「私のオウムを貸してあげて撮影したのだから、その料金が20ドルだ」と彼が言う。「何だって!」周りにも聞こえるくらい大声で叫ぶと、彼は小声で「10ドルでいい」と言った。「2ドルだ!」私も負けてはいない。「ノーノー」と大げさな身振りをする彼に、カメラを操作しながら「よし分かった。君の撮った写真のファイルを消すから、金は払わない」と言うと、「オーケー、2ドルでいい」と肩をすぼめる。2ドル紙幣を憮然と渡しながら、「日本人皆がカモだと思うなよ!」と日本語で毒づくと、それまで、尊敬のまなざしで事の成り行きを見守っていた息子の瞳が、俄に曇った。何事もやり過ぎはよろしくない。


 二日目はこの旅行のメインイベントの結婚式。当日朝、フロントにタクシーを頼み、式服にドレスアップして玄関に出ると、白いリムジンがスーっと横付けされた。私は少しあせってドアマンに言った。「リムジンは頼んでないのだが」。すると「普通のタクシーですよ」との返事。釈然としないまま乗り込むと、内装はコテコテのストレッチリムジンそのもので、シャンデリアやバーなんかもあったりする。細君の顔はこわばっている。法外な運賃を請求されるのではと気が気でないらしい。その点子供は能天気でいい。無邪気にはしゃいでいる。結局普通運賃だったので、「なんだ、もっとセレブっぽく、くつろげばよかった。」細君が残念そうに言う。平静を装っていた私も内心ほっとした。小心者の夫婦である。
 教会へは私たちが一番乗りで、日本語が達者な神父さんと挨拶を交わし、教会の周りを散策し記念撮影。馬子にも衣装で、娘はおろしたてのドレスで普段の倍の可愛いさである。細君もここぞとばかり購入したフォーマルウェアであるが、こちらは一割増し程度か。息子は学校の制服で、味も素っ気もない。時間通り江上家が到着。予定の時間を少し過ぎて、私たちの乗ってきたリムジンをさらに一ヤードも延長した超豪華リムジンで新郎・新婦が到着。さらに遅れて麻希の両親。遅刻の理由を後で知った。麻希はウェディングドレスを作った時より少し太ったとこぼしていた。「入らなかったりして〜」と言いつつ着用すると、やはり少しきつい。「ふん!」といって前屈みになったところで、背中のボタンが二つ飛んだ。そこからが大変だ。この日のために新調した何十万もするドレスである。居合わせた皆が床に這いつくばって、飛び散ったボタンを確保。時間も押している中の応急の裁縫仕事。てんやわんやの大騒ぎだったらしい。その騒ぎの中、麻希の父(私の義兄)が礼服のネクタイを忘れたことが判明。彼には結婚式で麻希をエスコートする大役がある。さあ大変だ、どの店もまだ開いてない。あわてて結婚コーディネーターに連絡して、ネクタイをレンタル。買うよりも高くついたとのこと。同じホテルに宿泊しなかったことを神に感謝した。そんなドタバタ劇にもかかわらず、結婚式は厳かで、凛とした中にも暖かみの溢れ出る雰囲気で行われ、江上家との食事会も和気あいあいとした心安らぐものであった。見知らぬ男女が、不思議な縁に導かれ比翼の鳥となる時に、巣立ちを支えた人々がそれぞれの思いを胸に、新しい家族と出会い、心を分かち合う。そんな愉快を心ゆくまで楽しんだ。後々、細君と子供たちの非難を一身に集めた「タクシーチップ、払い過ぎでしょ事件」(17ドルほどの運賃に、気前よく30ドルを出して、『つりは取っといて。』と言ってしまった事件)もその晩発生したのだが、それも今となってはいい思い出だ。
 
旅の最初を飾る出来事を思い出しながら、バルコニーの椅子に腰掛ける。昼間の賑わいが嘘のように、今はひっそりと佇むヒルトン・ハワイアン・ビレッジ。そのホテル群の狭間から見える海は、まだ深い青藍色に沈んでいて、空には帰りそびれた夏の星座が名残惜しげに瞬いている。その後の旅の顛末に思いを馳せたところで、紙面が尽きた。続きは「後編」で。


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